一握りの米を「食うか」か「蒔くか」の大きな違い~貧富の隔たりは心得一つ~

みなさん、こんにちは。

心理カウンセリング空の関口剛史です。

私が住む埼玉県ふじみ野市付近の田んぼでは、田植えが終わり小さな苗がきれいに植えられています。

田んぼのきれいな水にカエルの鳴き声、どことなく懐かしい気持ちになるのは、私だけでしょうか。

基本的に田植えは、3本の苗を1セットにして植えます。

秋に稲が無事に実れば、1本で約800粒、3本で2400粒になります。

普通サイズのお茶碗1杯には約3000粒のお米が入っていますので、初夏に植えた3本の苗が、秋に1杯のごはんになる計算です。

1粒の種を大地に蒔くと、その種は数十倍~数百倍に増えるのが、自然の仕組みです。

そのことを二宮金次郎は「貧富の隔たりは心得一つ」と説きました。

貧富の隔たりは心得一つ

最初に二宮金次郎の「二宮翁夜話集」から「貧富の隔たりは心得一つ」をご紹介します。

貧富の隔たりは心得一つ

翁の言葉に、富と貧とは元来遠く隔たったものではない。

ほんの少し隔たりであって、その本源はただ一つの心得にあるのだ。

貧者は昨日のために今日勤め、昨年のために今年勤める。それゆえ終身苦しんでもそのかいがない。

富者は明日のために今日勤め、来年のために今日勤めるから、安楽自在で、することなすことみな成就する。

それを世間の人は、今日飲む酒がないときは借りて飲む。今日食う米がなければ又借りて食う。これが窮地に陥る原因なのだ。

今日たきぎを採って明朝飯をたき、今夜なわとなって明日垣根をゆえば、安心でもあり、さしつかえない。

ところが貧者のしかたは、明日採るべきたきぎで今夕の飯をたこうとし、明晩なうなわで今日の垣根をゆおうとするようなものだ。だから苦しんでも成功しない。

そこで私はいつも言っているのだが、貧乏人が草を刈ろうとして鎌がない場合に、これを隣から借りて草を刈るのが常のことだが、それが貧窮から抜け出られぬ根本原因なのだ。

鎌がなければまず日傭取りするがよい。その賃銭で鎌を買い求めて、それから草を刈るがよい。

この道は開くびゃく元始の大道に基づくものだからして、卑怯卑劣な気持ちはない。

神代のむかし、豊葦原に天降られた時の、神の御心なのだ。だからして、この心のある者は富貴を得るし、この心のないものは富貴を得られない。

引用 二宮翁夜話(上) 発行:一円融合会刊 原著:福住正兄

奉公先で叱られた金次郎がとった行動

二宮金次郎が「貧富の隔たりは心得一つ」と語った背景には、金次郎の生い立ちが関係しています。

二宮金次郎は、裕福な家の生まれでしたが、幼少期に両親を亡くし、奉公先に出され貧しい生活へと一変します。

奉公先での仕事を終えた夜、金次郎が勉学をしていると、主人から「油(灯り用)を使って勉強するとは何事だ!」と叱られます。

夜、油を使うことを禁止された金次郎は、空き地に「菜の花」の種を蒔き、菜種を収穫。

それを油屋に持って行き、灯り用の菜種油にして、勉学を再開しました。

主人から「油を使ってはならぬ」と言われたとき、だったら「菜の花の種を蒔いて、油をつくろう」という発想の転換が、この後の二宮金次郎の活躍につながっていきます。

ちなみに、この後金次郎は、主人から「奉公人の身で勉学するとはなにごとだ!、もっと仕事しろ!」と叱られ、仕事をしながら勉学をすることになります。

この逸話が、薪を背負い歩きながら本を読む二宮金次郎像になったと言われています。

一握りの米を「食う」か「蒔くか」の大きな違い

いま、一握りのお米しかないとします。

このお米を、一気に食べてしまえば、今の食欲を満たすことができます。

しかし、全て食べきってしまうと、明日から食べるお米が心配になる。

先が不安だから、少しずつ食べていてもいつか無くなることが心配になる。

では、米の半分を、田んぼに蒔いたらどうだろうか?

もしかしたら、その米は秋に800倍に増えるかもしれないし、台風や冷夏などで実らないかもしれない。

それは、米を蒔いてみないとわからない。

ただ、ひとつだけわかっていることは、お米を全て食べたり握ったりしているだけでは、その米は絶対に増えないということ。

今の空腹を満たすため、その米をすべて食うてしまうか、少し未来のことを考えて、半分の米を田に蒔くか、それが貧富の隔たりとなる。

お米にしても、お金にしても、時間にしても、生き方ににしても、今を浪費するか、今を未来に投資するのかは、1人ひとりに委ねられています。

1粒の種を大地に蒔くと、その種は数十倍~数百倍に増えるのが、自然の仕組み。

そして、今日あなたの心に蒔く小さな種が、あなたの未来の実りにつながるのが心の仕組み。

すこし勇気を出して、小さな種を、小さな1歩を踏み出してみよう!

まとめ

二宮金次郎は、奉公先で貧しさを体験したからこそ、自然の仕組みを学び、すべての物事は小さな種からはじまることを理解していたと思います。

金次郎の有名な言葉に「積小為大」という言葉あります。

言葉の意味は「小を積みて大と為す」です。

もし、今が苦しい状況だとしても、その苦しさの先にいる「ありたい自分像」を明確にして、苦しみの中にいても、今できそうな小さなことを積み上げていくことで、やがて数百倍にもなって実りを迎えるではと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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