プロフィール

自己紹介

はじめまして。

心理カウンセリング空のホームページをご覧いただきありがとうございます。

心理カウンセラーの関口剛史と申します。

心理カウンセリングと聞くと「悩みをカウンセラーに相談して、解決できるもの」というイメージがあると思います。

確かにそれも心理カウンセリングのひとつです。

しかし、私のカウンセリングでもっとも大切にしていることは、悩みや問題をお客様自身が乗り越えれるように心の成長をサポートすることです。

私がそう考えるようになったのは、私自身がうつ病になったとき、うつを治すのではなく、心を育てることに気持ちを向けたら、自然とうつを克服することができたからです。

以下の動画では「心を育てること」について解説してます。(動画時間11分)

日本メンタルヘルス協会公認
心理カウンセラー
関口 剛史(Sekiguchi.Takeshi)

まさか自分がうつ病に・・・

私が心理カウンセラーを志したのは、うつ病になったことがきっかけでした。

以前、私はITエンジニアとして仕事をしていました。当時の私は心理学なんて興味もなく、ただ「成功したい・幸せになりたい・豊になりたい」と思い続けて仕事をしていました。

しかし、あるときから私の心に異変が起き始めました。

仕事をしようとしても、やる気が起きなくなり、新しくやることに漠然とした不安を感じるようになりました。

最初は「ちょっと疲れているのかな・・・」と思うぐらいで、それよりも目の前の仕事を終わらせることに気持ちを集中させようとしました。

しかし、心は言うことを聞いてくれずに、どんどん気持ちが落ち込みます。

次第に、すべての事に対して不安を感じるようになり、仕事が回らなくなり焦って仕事をするもミスも増えて、負のスパイラルに陥りはじめました。

その頃、上司も私の異変に気づき、心療内科に通院するようにすすめられました。

心療内科では「軽いうつ病」と診断され、抗うつ薬が処方されました。

「まさか自分がうつ病に・・・」と最初は受け入れられなかったですが、自分ではどうすることもできなかったので、抗うつ薬を飲み仕事を続けました。

薬を飲むことで、確かに気持ちは安定しました。

しかし、心が安定しても仕事がはかどることはなく、積もる仕事に心は焦るばかり。

そのことを心療内科で相談すると以前よりも強い薬が処方されるだけで、現実的な問題をどう解決するか?はという相談をすることができませんでした。

このとき、薬だけでは現実を変えられないと思い、心理カウンセリングを併用して受けることにしました。

しかし、このとき受けた心理カウンセリングは「今の問題の原因は過去にある」というトラウマ療法的なカウンセリングの方針で、カウンセリングに行く度に過去の生い立ちの話ばかりで「今が苦しいのに、過去の話をされても・・・」という心境でした。

そのころから、私の不安感は絶望感に変わりはじめました。

そして、ある日の朝、私は起きることができなくなりました。

心と頭(思考)と体がバラバラになった日

ある日の朝、目が覚めたときから、今までにない強い不安感と絶望感を味わいました。

なにがあろうと仕事には行かなくてはなりません。

どうにか起き上がろうとしても、体が言うことを聞いてくれません。

出勤時間が過ぎても会社に遅刻する旨の電話をすることすらもできない状態。

このとき、私の頭(思考)は「会社に行かなくてはならない。だから、起き上がれ!」と体に指示をするのですが、心は絶望感で溢れ体は断固拒否。

私の心・頭・体の3つがバラバラになったような感じで、もう、自分ひとりではどうすることもできなくなっていました

それから、私は「抑うつ病」と診断され、そのまま会社は休職。

会社を休職すれば、仕事のプレッシャーとストレスからは解放されるので、私も家族も「うつ症状」は改善されると思っていました。

しかし、実際には「うつ病になったことへの後悔」と「仕事を休んでいることへの罪悪感」が強くなり、私のを気持ちは更に落ち込み、最後は引きこもり状態となりました。

結局、会社の休職期間の中に「うつ」を改善することができず、そのまま退職。

どこの会社(所属)にも属さない孤独感、何もすることができない自分への否定と後悔の毎日。

もう人生はどん底でした。

有機農業との出会い

何もやる気が起きず、鬱々とした日々を過ごしていたある日、妻が1枚の新聞記事を持ってきました。

その記事には”うつになった人が農業に出会い、農作業をとおしてうつが少しずつ改善され、社会復帰をした人”のことが書かれており、妻から「あなたも、どこか住み込みで農作業でもしてきたら?」と言われました。

私の心には「なんで俺が農作業なんてしなくてはならないの?、農作業でうつが改善するなら心療内科はいらないでしょう。そもそも、このうつ状態では農作業にいくこともできない」という感じで、かなり否定的な思いでした。

しかし、どこか自分でもわかっていました。

「このまま、社会に出ることを恐れ、うつ状態を言い訳にして、ズルズルと家に居ても、なにひとつ変わらない」ことに。

私は、住み込みで有機農家へ農業の手伝いにいくことにしました。そして、農業の手伝いでは様々なことを学びました。

農業の手伝いに行くまで、私は睡眠薬がないと眠れない日々を送っていたのですが、農作業で1日体を動かせばクタクタに疲れれば、人は自然と眠れることを学びました。

また、「にわとりを絞める作業」を体験したときに、私たちが「あたりまえに食べている」ものは、実は多くの「いのち」の犠牲の上で成り立っており、「今日を生きるの辛い」と思っていた私の人生観が変わりました。

私のうつ症状も農作業をとおして少しずつ改善されていきました。

それと同時に「どうして農作業でうつ症状が改善されるのか?」を疑問に感じ、「自然の摂理と人間の心」に関係性があることに気づき、自然や農業のことと心理学を組み合わせて勉強をするきっかけとなりました。

その後も私は農業手伝いに通い続け、その有機農家さんで合鴨農法による「米づくり」を担当することになりました。

そして「米を育てる」のも「心を育てる」のも同じ過程であることを学びました。

東日本大震災後のボランティアでの出会い

農業手伝いに通うようになってから、私の心は安定しはじめ、以前のように心が落ち込むことはなくなっていました。

しかし、心のどこかでうつ病になったこと後悔し、これから社会に復帰する勇気が出せない状態でした。

そのときに東日本大震災が発生しました。

2011年5月に有機農家の仲間達と被災地で炊きだしボランティアに行くことになり、私もボランティアメンバーとして参加しました。

テレビで被災地の被害状況は知っていましたが、いざ自分の足で被災地に立つと、私の想像を超える被害状況でした。

私たちの炊きだしボランティアチームは、津波により全てが流された地区、1階が破壊され2階で不自由な生活を余儀なくされている地区などで、お昼ご飯を炊き出しで提供することになりました。

お昼ご飯を提供するとき、私の心の中では「被災者の方になんて声をかければいいのだろう・・・」と思い続けていました。

「頑張ってください」と言うのは簡単だけれど、帰る家がある私が励ましても、どれも薄ぺっらい言葉だと感じていました。

最初の活動地区でお昼ご飯の提供がはじまり、続々と被災者のみなさんが来てくれました。

そして、このとき私は目を疑いました。

被災者のみなさんが、心からの「笑顔」だったのです。

この光景を見たときに「なんで、こんな困難な状況なのに、この人達は笑顔でいられるのだろう・・・?」と疑問に感じました。

なぜならば、当時の私はまだ心から「笑顔」になれていなかったからです。

事実を受け入れ、未来を描くこと

みなさんの心からの「笑顔」を見たとき「うつを克服するヒントがあるのではないか?」と直感的に感じました。

そして、とても失礼かと思いましたが、一番笑顔が素敵な方に「どうしてこんな状況で、みなさん笑顔でいられるのですか?」と思ったことを素直に聞いてみました。

その方は地区の会長さんでした。

会長さん

そうだね。今はみんな笑顔でいるよね。

でもね、3.11の当日はとても悲惨な状況だった。多くの街や人が流されたよ。この街でも多くの人が死んだよ。

津波が退き避難していた山から街に降りたとき、それはもう地獄絵図のようだった。

だけどさ、だからといってね、いま泣いたところで、後悔をしたところで、街が元に戻るのかい?亡くなった方が生き返るのかい?

泣いて、後悔して、すべてが元に戻るのであれば、私だっていくらでも泣くよ。

でも、いくら悔やんだって現実は元には戻らない。

だったらさ、起きたことを悔やみ続けるりも、今をしっかりと受け入れ、これからの10年でこの街をどうよりよくしていこうか?と自分たちの未来を描くことの方が大事ではないかな?

きっと、この街のみんなは10年後の未来を描いているから、この状況でも笑顔でいられるのではないかな。

そして、自分たちの未来を描けるから、こうしてボランティアに来て頂いく方々に心からの笑顔で感謝が出来るのだと思うよ。

今日はありがとう。10年後にまたおいでね

会長さんのお話を聞いたとき、私は「人間の本当の強さ」を実感しました。

それと同時に、この厳しい状況下でも笑顔でいられる人々と、何不自由ない生活をしている私が笑顔になれない違いはどこにあるのだろう?と考えました。

そして、わかりました。

私には「起きた事実を受け入れられる心」がないことに。

会長さんは、大震災という未曾有な現実に対して、しっかりと受け止め・受け入れらているから、未来に向くことができるのではないか?。

一方、私は「うつになった」という現実を受け止め・受け入れられていないから、いつまでも「うつ」を言い訳にして過去を後悔し、未来に不安を感じているのではないか?

だから、私は心から笑顔になることができないのだと腑に落ちました。

そして、私にとって本当に必要なことは「うつになった事実」をどうにかすることではなく、今を受け入られる心を育てること。

そのために必要なことは「自分の心」を学ぶことだとわかり、『日本メンタルヘルス協会』で本格的に心理学を学び、心理カウンセラーとなりました。

事実を受け入れ、乗り越えられる心を育てること

残念ながら、私達が生きていくなかで、辛いことや苦しいことがたくさん起きます。

そういうときは、その事実を受け止めることが難しいものです。

しかし、辛いことや苦しいことがあるからこそ、その反対には、楽しいことや嬉しいことが必ずあります。

私が、うつ病の経験と被災地での体験、農業や心理学から学んだことは、「辛い・苦しい」と感じたときにこそ、その事実から目をそらすのではなく、その事実を受け止めたうえで、未来の楽しいことや嬉しいことに向かって、勇気をだして新しい1歩を踏み出していくことです。

そのためには、自分の人生や日常をとおして「心を育て続けていくこと」が必用です。

被災地にボランティアに行くと「逆に元気をもらえた」という声を沢山ききます。

もちろん、私もそのひとりのです。

では、どうして逆に元気がもらえれるのでしょうか?

きっと、困難な状況下でも現実を受け止めたくましく前を進もうとする方々の姿を見て「自分も頑張ろう!」と心から思えるからだと思います。

There id aliways light behind the cloud
「雲の向こうは、いつも青空」

これはアメリカの小説家『ルイーザ・メイ・オルコット』さんの言葉で、私が大好きな言葉のひとつです。

どんな嵐の日でも、雲を抜ければいつも透きとおった青空があります。私たちの心も空と同じです。

さあ、あなたも心の雲を吹き飛ばして、雲の向こうの青空を体感してみませんか?

心理カウンセリング空では、心理学や自然界の摂理を学びながら、あなたの心が晴れ渡るまでサポートします。

最後に心理カウンセリングを体験された方の感想を紹介します。

もう、あの悩みなど忘れてしまいました。(T.F様 40代 女性)

T.F様

ライフ・カウンセリングを受けた理由は、自分を変えたい、変わりたい、苦しみから逃れたい、少しでも前向きになりたい、からでした。毎日、日記をつけるようになり、自分は何も感じず考えず、実際には変えようとすらしていないことに気が付きました。

感謝できることが最初は見つけられなかったです。「どんなに小さなことでも感謝できることは沢山あるものです」と言われ、日常生活の中で目を凝らすといろいろなことが見えるようになりました。

人・モノ・環境…色々な物の中 で生きていることを再確認しました。

当初悩んでいたことが小さくてくだらないものに感じて時間が無駄だと思うようになりました。もっと自分が求めているものは何か?それを追求したくなりました。もう、あの悩みなど忘れてしまいました。

もっともっと大切なことがある。何のために生まれてきたのか?それを思い出して実行していこうと思います。

困難にぶつかっても、落ち込まず、見方を変え解決に向けてチャレンジしていける気持ちになりました。

日記は続けていきたいと思います。関口様に出会えたことに感謝いたします。ありがとうございました 。

>心 軽くなるカウンセリング

心 軽くなるカウンセリング

私たちは、悩みを抱えると心が狭くなり、考え方もマイナス傾向になってしまい、やる気も失せてしまう。
その状態で「どうにかしよう」と無理に考えても、不安なことやマイナスことばかりを考えてしまい、具体的な解決策を見つけることがむずかしい。
悩みをどうにかしようとする前に、まずは心と思考の整理をして気持ちを軽くすることが、はじめの1歩。
心理カウンセリング空では、会話をとおして心と思考を整理し再び前向きな気持ちと考え方になるように、あなたの心のサポートします。

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