
カウンセリングSORAの関口です。
これまでの自分自身の人生を振り返るとともに、多くの方々から寄せられた人生相談を思い返す中で、私は
「人生をより良く生きるためには、人としての生き方を学ぶことが大切だ」
と実感しています。
人としての生き方を知ることで、これから歩むべき道が、少しずつ見えてくるからです。
そこで、みなさまの人生に少しでも役立つヒントをお届けできればと思い、人としての生き方に学べる書籍を引用しながら、ブログを綴っています。
しばらくの間は、「イソップ寓話」からの引用をもとに、生き方について一緒に考えていきたいと思います。
今日の言葉
イソップ寓話より引用
219)羊飼の悪戯
羊飼が羊の群を村から遠く追って行きながら、いつもこんな悪さをした。
大声で村の人に助けを求めては、狼が羊を襲いに来た、と言ったのだ。
二度三度は村人たちも慌てて飛び出して来て、やがて笑いものにされて戻って行ったが、
とうとう本当に狼が来てしまった。
羊の群が分断され、羊飼は助けを求めて叫んだが、
村人はまたいつもの悪さだと思って、気にもかけなかった。
こうして羊飼は羊を失ってしまった。嘘つきが得るものは、本当のことを言った時にも信じてもらえぬこと、
ということをこの話は説き明かしている。【引用元:岩波文庫『イソップ寓話集』著:イソップ/訳:中務哲朗】
嘘の奥にある「本当の気持ち」に目を向けてみる
「オオカミ少年」で有名な寓話です。
「オオカミが来るぞ」と嘘をついていると、本当のことを言ったときに、誰からも信じてもらえなくなる――そんなお話です。
そして教訓として語られるのは、 「嘘つきは、本当のことを言ったときにも信じてもらえない」 ということ。
でも、改めて考えてみると、羊飼いはなぜ「オオカミが来るぞ」と嘘をついたのでしょうか。
そこには、どんな動機があったのでしょうか。
動機のヒントになりそうなのが、 「やがて笑いものにされて戻っていったが」 という一節です。
もしかすると羊飼いは、嘘をつくことで村人を楽しませようとしたのかもしれません。
あるいは、羊飼いは孤独で、村人の注目を集めたかったのかもしれません。
いずれにしても、嘘をつくことは良いことではありません。
しかし、重要なのは嘘そのものよりも、 「なぜ人は嘘をつくのか」という動機の部分ではないでしょうか。
子育てや職場の人間関係の中で、嘘をつかれたとき、あるいは自分が嘘をついてしまったとき―― その動機にも目を向けてみるといいと思います。
多くの場合、人は嘘の内容そのものよりも、 その背後にある意図に対して、より強い不信感を抱くものだからです。
イソップ寓話集の「羊飼の悪戯」を読んで、そんなことを感じました。
今日の問いかけ
「嘘をつかれたとき、嘘をついたとき、その動機は何でしょうか?」
嘘とは、真実でないこと、偽ることです。
では、なぜ真実を曲げてまで、偽る必要があるのでしょうか。
その根底にある動機にこそ、 その人の本当の心が隠れているのだと思います。




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