みなさん、こんにちは。
心理カウンセリング空の関口剛史です。
先日、電車内のシルバーシートに座りスマホに夢中な若者と、その前に荷物を抱えたお婆さんの場面を見かけました。
その場面だけを見れば、若者がお婆さんに席をゆずればいいと思うのでしょうが、今回は、どちらが良いのか悪いのかを評価するよりも、自分だったらどうするかを考えることが大切だなと感じました。
今日は「自分だったらどうするかを考えよう」について書いていきます。
自分だったらどうするかを考えよう
先日、シルバーシートに座りスマホに夢中な若者と、その前に荷物を抱えたお婆さんが立っていました。
お婆さんは席をゆずってもらいたそうでしたが、シルバーシートに座る若者(20代のサラリーマン)はスマホに夢中、その横に座っていた2人の50代女性・男性も、お婆さんに気づかぬふりをしている様子でした。
この場面だけを見ると「若者が席をゆずるべきだ!」という意見になると思います。私もそう思います。「若者に席をゆずったら?」と声をかけるべきかどうか、私も悩みました。
しかし、一概に「若者だけが悪い」ともいえないな~という思いがあり、声をかけるのを躊躇してしまいました。
というのは、私とお婆さんは同じ駅で電車に乗りました。私の最寄り駅は急行の停車駅のため、通過待ちの普通も停車しています。
その時、通過待ちの普通はガラガラで座れる状態、急行が少し混雑している状態でした。
お婆さんは、普通ではなく混雑している急行に乗りシルバーシートの前に立ち、先ほど説明した場面になりました。
もし、お婆さんが確実に座りたかったら普通に乗ることも選択できました。しかし、混雑している急行に乗ったのはきっと急ぐ用事があったからだとも思います。でも、それで座れないのは仕方がないのかなとも思います。(もちろん、若者がシルバーシートに座っていることはどうかと思いますが・・・)
こういう場面を見ていると「若者が悪い」「お婆さんがかわいそう」など、誰かを責めて誰かをかばいたくなりますが、そういうときほど「自分だったらどうするか?」を考えるようにしています。
まず、自分だったら、どんなに疲れていてもシルバーシートには座りません。また、普通席でもお年寄りが近くにいたら、自分自身の為に席をゆずります。
逆に、自分が高齢者だったら、若者に席をゆずってもらえたら素直にうれしいと感じると思います。でも、若者に席をゆずってもらうのが当然とは思いたくはないので、少し早い時間に出て普通列車に乗れるぐらいのゆとりは持ちたいと思います。
社会で生活をしていると、日々いろいろな場面に遭遇します。その場面において、誰がいいとか誰が悪いとか簡単に評価するのではなく、物事を俯瞰したうえで、自分だったらどうするかを考えることが、自分の気づきや行動指針になるのかなと感じました。
まとめ
最近は、シルバーシートに座る若者を見かけることが多いように感じます。シルバーシートに座っていることすらにも気づいていようにも思えます。
人間、誰もが年を重ね、やがては高齢者になります。シルバーシートに座っている若者が高齢者になったとき、シルバーシートに座っている若物を見て何を思うのでしょうか。
物事は因果応報です。自分が譲れば相手も譲るし、自分が譲らなければ相手も譲らない。それがその時に返ってくるのか、時間をおいて何十年後に返ってくるのかはわからない。
だからこそ、自分だったらどうするかを考えて、自分がそうしてもらえたらうれしいことを、相手にすることが大事なのだと感じます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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