
カウンセリングSORAの関口です。
これまでの自分自身の人生を振り返るとともに、多くの方々から寄せられた人生相談を思い返す中で、私は
「人生をより良く生きるためには、人としての生き方を学ぶことが大切だ」と実感するようになりました。
人としての生き方を知ることで、これから歩むべき道が、少しずつ見えてくるからです。
そこで、みなさまの人生に少しでも役立つヒントをお届けできればと思い、人としての生き方に学べる書籍を引用しながら、このブログを綴っています。
しばらくの間は、「イソップ寓話」からの言葉をもとに、生き方について一緒に考えていきたいと思います。
今日の言葉
イソップ寓話より引用
218)猿の子供
猿は子供を二匹生んで、一方は可愛がってまめやかに育て、もう一方は憎んで放ったらかしにする、と言われている。
しかし神的な巡りあわせによって、まめやかに育てられた方が死に、なおざりにされた方が命を全うすることになる。
どのような事前の配慮よりも、巡りあわせの方が強い、ということをこの話は説き明かしている。【引用元:岩波文庫『イソップ寓話集』著:イソップ/翻訳:中務哲朗】
子育てとは、子どもを自立させること
本当に猿は、一方の子どもを丹念に育て、もう一方を憎んで放置するのでしょうか。
人間社会に置き換えるなら、長男は溺愛する一方で、次男は放置する。そんな親子関係のようにも見えます。
これは、人間社会でも決して珍しい話ではないと思います。
親は、子どもを溺愛し、大切に育てれば、その子の人生は良い巡り合わせになるだろうと期待するものです。
溺愛されて育った子は、親が何でも与え、危険を事前に回避してくれるため、自分で考える必要もなく、苦労を知らずに大人になります。
しかし、その結果として、溺愛されて育った子が大人になると、 自分勝手になったり、社会のストレスに耐えられず、心身の不調を抱えてしまうこともあります。
一方で、放置されて育った子は、親から十分な支援を受けられず、自分で試行錯誤を繰り返しながら成長します。
その過程で、ストレス耐性や危険を察知する力が育ち、大人になってからも、これまでと同じように工夫しながら成長を続けていきます。
親が子どもを愛するのは、当然のことです。
しかし、その「愛」が、本当に子どもの人生のためになっているのかどうかは、別の問題なのだと思います。
溺愛するにしても、放置するにしても、大切なのは、その関わり方が、子どもの自律性につながっているかどうか。
親がその点を意識しているかどうかが、問われているのではないでしょうか。
結局のところ、子どもは自分自身の人生を自分で歩んでいきます。
その道の途中で、さまざまな巡り合わせに出会い、成長していく。
それは、親が完全にコントロールできるものではありません。
だからこそ、子どもがどんな巡り合わせに遭遇しても、自立して生きていける力を育てること。
それこそが、子育てなのではないかと感じます。
イソップ寓話集の「猿の子ども」を読んで、そんなことを考えさせられました。
今日の問いかけ
「子どもへの『愛』の中身を、意識していますか?」
子どもを育てるとは、子どもの自立性を育てることだと思います。
そのために大切なのは、その子そのものの存在を、親が「愛する」ことなのではないでしょうか。
親がその子の存在そのものを愛することができていれば、 その子の自立性も、きっと自然に育っていくのだと思います。
私自身も、親として、子として、今も考え続けています。




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