みなさん、こんにちは。
心理カウンセリング空の関口剛史です。
春本番になりました。
近くの田んぼでは、畦の整備も終わり、田植えの時期を迎えようとしています。
田んぼに水を入れ稲を植えると、ひえ(雑草)も一緒に育ちます。
田んぼでは、稲(米)だけを効率よく収穫したいところですが、雑草も一緒に育つのが自然の天道です。
この天道は私たち1人ひとりの心の中にもあります。
新年度、心に「変化」や「新しいこと」の種を蒔くと、「不安」や「面倒」といった種も一緒に育ちます。
心にプラスの物事を育てようとすると、必ずマイナスの物事も一緒に育ちます。
プラスとマイナスの相反する葛藤のなかで、どうすればプラスの結果になるでしょうか?
二宮金次郎は「己に克つのが人道である」と説きました。
今日も二宮金次郎の言葉を借りながら「心の草むしり」について書いていきます。
己に克つのが人道
最初に二宮金次郎の「二宮翁夜話集」から「己に克つのが人道」をご紹介します。
己に克つのが人道
翁のことばに、天理と人道との差別を、よく弁別できる人は少ない。
およその人の身があれば欲があるのは天理であって、田畑に草が生ずるのと同じことだ。
堤は崩れ、堀は埋まり、橋は朽ちる、これがすなわち天理なのだ。
そこで人道は、私欲を制するのを道とし、田畑の草をとるのを道とし、堤は築き立て、堀はさらえ、橋は掛け替えるのを道とする。
このように、天理と人道とは別々のものだからして、天理は万古変わらないが、人道は1日怠ればたちまちすたれる。
だから人道はつとめることを尊び、自然にまかせるのを尊ばない。
そうして、人道につとめるべきことは、「己に克つ」という教えだ。
「己」とは私欲のことだ。
私欲は、田畑にたとえれば草だ。「克つ」とは、この田畑に生ずる草を取り捨てることをいうのだ。
「己に克つ」ということは、わが心の田畑に生ずる草をけずり捨て取り捨てて、わが心の米麦を繁茂させる勤めのことだ。
これを人道というのであって、論語に「己に克って礼儀に復(かえ)る」とあるのは、この勤めなのだ。
引用 二宮翁夜話(上) 発行:一円融合会刊 原著:福住正兄
心の草むしりをしよう
田んぼに水を張り、稲を植えると、ひえ(雑草)も一緒に育ちます。
小さいときの「稲」と「ひえ」の姿はよく似ていて、よく見ないとわかりません。
見た目が似ているから、草むしりが面倒だからと「ひえ」を放置しておくと、夏過ぎ頃に「ひえ」は「稲」よりも大きく育ちます。
大きく育った「ひえ」は、「稲」の生育を遅らせ米の収穫量を減らす一方で、秋にたくさんの「ひえの種」を実らせます。
その「ひえの種」を田に落とすと、来年はもっと「ひえ」が育ち、そのうち「ひえ」だけが育つ田んぼになります。
これが自然の仕組みです。自然は、人間に優しさや安らぎを与えてくれる一方で、生きるための厳しさも与えます。
二宮金次郎はこの仕組みを「天道」と説きました。
秋に米の収穫量を増やすには、面倒でも「ひえ」を抜く必要があります
大きく育った後の「ひえ」を抜くのは、とてもとても大変な作業のため、「ひえ」を抜くタイミングは「ひえ」も「稲」も育つ前の初夏になります。
ぬかるんだ田んぼで、小さな「稲」と「ひえ」見極めながら草むしりをするのも大変な作業で面倒です。
しかし、小さなうちから悪い芽を摘むことが、結果として1番効率的になるものです。
二宮金次郎はこのことを「人道」と説きました。
「米づくり」も「自分づくり」も一緒のことです。
新年度、心に「変化」や「新しいこと」の種を蒔くと、「不安」や「面倒」といった種も一緒に育ちます。
心にプラスの物事を育てようとすると、必ずマイナスの物事も一緒に育ちます。だから、私たちの心には迷いや葛藤が常にあります。
迷いや葛藤を感じたとき、「不安」や「面倒」を優先させ続けると、心の中は「不安や面倒」だけが育つ場となり、日々の気力を見失ってしまうものです。
そうならないためにも、小さなうちから「不安」や「面倒」などの悪い芽を摘む努力をしましょう。
具体的には、不安だと思っても少しチャレンジしてみること、面倒だと感じてもあえて動き出してみることが、悪い芽を摘む努力になります。
春、田んぼに稲を植えると、秋の収穫が楽しみになります。しかし、収穫を楽しみに待っていただけでは田んぼは「ひえ」で埋め尽くされてしまいます。
秋の収穫が楽しみだからこそ、いまが面倒でも「ひえ」を抜く努力、未来を信じるから今を少し頑張れるのが人間です。
「米づくり」も「自分づくり」も一緒のことです。
誰の心にも「不安」や「面倒」と感じる弱い気持ちはあります。
「不安」や「面倒」を感じたときに、面倒でも己に克って1歩踏み出してみよう。
未来のため自分のため、今の自分が少し努力してみよう。
その努力が、心に「あなたらしさ」という実りをもたらすのだから。
まとめ
田んぼに稲を植えれば、ひえも一緒に育つ。
プラスの物事を育てようとすると、必ずマイナスの物事も一緒に育ちます。
そして、この矛盾や葛藤のなかで、いろいろ悩んで解決策を考えたり、不安のなかでもチャレンジしたりすることで、プラスの物事がかたちになります。
逆に言うと、マイナスの物事に向き合い己に克つことでしか、プラスの物事はかたちにはならないと思います。
自然摂理の中では、「稲」も「ひえ」も同じ植物で、「良い植物」も「悪い植物」もありません。
プラスもマイナスも良いことも悪いことも、それは自分の心が決めていることです。
すべて自分の心が決めていることだから、己に克つことでマイナスをプラスに変えられるのだと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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