心理学を学んでも、あなたの心はわからない。

みなさん、こんにちは

心理カウンセリング空の関口です。

今、心理学を学ばれる方が多いようです。

アドラー心理学は今でも人気があり、「心理学の資格や検定」・「短期間で心理学が学べます」といった様々な講座もあります。

人生に何も悩みや問題がなく、毎日幸せに生きられるのであれば、人は「心理学を学ぼう」「心を知ろう」とは思いません。「心理学を学びたい」と思う時、どこか人生がうまくいかないときや大きな悩みを抱えてしまうときです。

いま心理学に人気があるのは、それだけ現代がストレス社会であったり、人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、人生に希望が見えないと感じる人が多いのかもしれません。

私自身もIT業界で仕事している頃は「自分の心」や「心理学」に興味も関心もありませんでした。しかし、うつ病という「心の病気」を経験したことがきっかけとなり、私も心理学や哲学などを学ぶようになりました。

心理学を学ぶことで、ストレスが軽減されたり、コミュニケーションが上手くできたりして、一時的に楽になったり、幸せを感じられることが確かにあります。しかし、それは一時的な心理学であって、本当の意味での心理学ではないと感じます。

心理学の本や心理学講座で学べることは、客観的に分析された心理学か、個人の主観的で内面的な経験に基づいた心理学で、あなた自身の心は学べないのです。

いま心理学が人気だからこそ、「なぜ心理学を学ぶのか?」を1人ひとりがしっかりと理解することが大切だと思いますので、今日はそのことを書いていきます。

心理学とは?

まず、心理学とはどんな学問なのでしょうか?

心理学とは

心と行動の学問であり、科学的な手法によって研究される。

そのアプローチとしては、行動主義のように行動や認知を客観的に観察しようとするものと、一方で、主観的な内面的な経験を理論的な基礎に置くものとがある。

~Wikipediaより引用~

心理学とは科学的な手法によって研究される学問で、主に2種類に分けることができます。

ひとつ目が、人間の行動パターンや恋愛パターンを研究し、客観的に分析をした行動心理学や恋愛心理学などをはじめとする、人間の行動や認知を客観的に分析した心理学。

もうひとつ目が、いま人気があるアドラー心理学やフロイト心理学など、個人の主観的で内面的な経験を理論的な基礎に置いた心理学。

心理学の枠を超えれば、孔子が説いた「論語」、お釈迦様の「仏教」やキリストの「キリスト教」なども内面的な経験を言葉にした心理学に分類されると私は思います。

さて、あなたが心理学を学ぼうと思ったとき、上記2つの心理学のうち、どちらを学ぼうとしているのかで、心の学び方が異なります。

「心理学という学問を学びたい」、「心理学の資格をとりたい」と思うのであれば、客観的に分析化された心理学を学ぶといいと思います。

長年の人間行動の研究結果から、客観的なデータが実証されているので、「人間にはこういう時にこの特性がある」という統計的な答えや「子どものやる気を引き出す方法」などのテクニックが紹介されています。

逆に、いま人生に悩みがあり、「新たな気づき」を求める場合は、後者の主観的で内面的な心理学を学といいと思います。

例えば、人間関係に悩みがあるときに、アドラー心理学の「課題の分離」を知ることで、自分の問題と相手の問題を切り分けて考えられるようになります。

また、生き方に悩んでいるときに、論語などを読むことで「人間としての生き方」のヒントに気づくことができます。

しかし、これら2つの心理学を学んだとしても、あなたの心が理解できるわけではありません。

なぜならば、これらの心理学は、客観的な分析結果であったり、 アドラーや孔子などの個人的な主観による内面的な経験論であったりするので、あなたの心を知る参考にはなりますが、あなたの心を表現しているものではないからです。

「アドラーの心」と「あなたの心」は違うものです。

心を学ぶとき、この事を理解しておかないと、自分の心がわかるまで、様々な心理学を学ぼうとしてしまいます。

例えば、1つの心理学講座を受けたら、次に別の心理学講座を受けようとしたり、アドラーのすべての考え方を、自分の人生に取り入れようとしたりします。

孔子にしても、キリストにしても、アドラーにしても、歴代人間は心のことを説いているのに、どうして今日まで「人間の心はこうです!」という「心の答え」がないのでしょうか?

それは1人ひとり個性や価値観が経験が違うように、1人ひとりの心も違うからです。

心理学を学問として学ぼうとするのと、自分自身の心を学ぼうとするのは、似て非なるものです。

では、自分の心を学ぶためには、どうしたらいいでしょうか。

そのヒントは明治時代の思想家である山岡鉄舟の言葉にあります。

晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり

山岡鉄舟

富士山を知るために

さて、下記に1枚の写真があります。この写真には何が写っているでしょうか?

では、この写真には何が写っていますか?

この写真だとわかりますね。答えは「富士山」です。

上記3枚の写真は、すべて同じ場所から撮影をしたものです。

1枚目は霧でなにも見えませんが、3枚目ではくっきりと富士の姿が見られます。

しかし、1枚目の写真にも富士山は写っています。ただ、手前が霧があり富士山が見えていなだけです。

「晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり」

人間の心も富士山と同じようなもので、私達1人ひとりに心は確かにある。だけれど、見えていないだけです。

自分の心を学ぶ1歩目は、「心は見えていない、しかし、心は確かにある」と仮定するところからはじまりです。

富士山は1つの大きな山ですが、その時の状況に応じて、富士山の見え方・感じ方は異なります。

心も同じで、状況に応じて、見え方・感じ方は異なるものです。コロコロ移り変わるから「心」と言われるのも一理あると思います。

さて、状況に応じて見え方・感じ方が変わってしまう、心を理解するにはどうすればいいでしょうか?

インターネットで富士山を検索すれば、標高が3776mで登山道は4カ所あることが理解できます。

しかし、「自分の心」のことインターネットで検索しても何も出てきません。事前情報がなにもない状況下で、心を理解するにはどうすればいいでしょうか

もし、富士山に関する情報がなにもないと仮定したとき、あなたが富士山を理解するためには何をしますか?

まずは、自分の足で、富士山の周りを歩いてみたり、地元の人に話を聞いたり、実際に富士山に登ろうとするのではないでしょうか。

そして、広大な富士山は1回登っただけでは理解できないので、4カ所ある登山道から登ってみることで、はじめて富士山が理解できたと感じられると思います。

心を学ぶことも、富士山を理解することと一緒だと思います。

いま、色々な心理学がありますが、それは「心の答え」を知るものではなく、心を知るためのひとつの登山道のようなものです。

大事なことは、ひとつの心理学や考え方にこだわるのではなく、様々な角度から心を学ぼうとすることです。

異なる登山道からひとつの山に登れば、最後は必ずひとつの頂きにたどり着きます。

心理学も一緒で、様々な角度から心を学べば、最後は必ずひとつの答えにたどりつくものです。

自分の心を知ることが本当の心理学

実証化された心理学を学ぶことで、人間の統計的な思考や行動パターンが理解できます。

キリストやアドラーの考えを学ぶことで、悩みや問題の解決のヒントになります。それらを学ぶことで、確かに心は軽くなるかもしれませんが、それはあなたの「心の答え」ではありません。

人間は紀元前から心のことを説いていますが、いまだに「心の答え」が見つからないのは、そもそも心に答えや正解なんてないからです。

孔子の言葉やアドラーの心理学は、彼らの仮説であって、わたしの心の答えではありません。

いま心理学の人気から「心理学資格や検定」などがありますが、いったい誰の心の検定なのでしょうか?

人間は紀元前から心を問い続けているのに「短期間で学べる心理学講座」でいったい何が学べるのでしょうか?

一番学ぶべきことは、誰かによって統計化された心ではなく、誰かの主観的で内面的な心でもなく、あなた自身の心ではないのでしょうか?

きれいなものを見たときに「美しい」と感じる「あなたの心」、悲しいことがあったときに「悲しい」と感じる「あなたの心」、その「あなたの心」をあなたが理解しようとしなくて、いったい誰が理解してくれるのでしょうか。

もしかしたら本当の心理学とは、私達が生きていくなかで、色々な出来事や葛藤、嬉しいことや悲しいこと、すべての出会いの中に隠れているのかも知れません。

心理学をそう仮説をすると、私達は心を知るために生きていると言えるのではないでしょうか。心という大きな山を理解することが、人生という名の登山なのかもしれません。

最後に、ヴィクトール・E・フランクルの言葉をご紹介します。

生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

生きる事は日々 、そして時々刻々 、問いかけてくる。私たちは、その問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」より引用

まとめ

実は私もうつ病を克服したいと思ったとき、様々な本を読み、色々な心理学講座などに通いました。

当時は、どの本や講座にも新しい気づきがあり、どれも正しいように感じました。しかし、本を読み終えたあとや講座を受け終えた後に、いつも「まだ何か学び足りない」と感じていました。だから、また次の本や次の講座を求め続けました。

しかし、先ほど紹介したフランクルの本を読んだとき、私は「私の生きる意味を心理学の本や講座に求めてる」ことに気づかされました。

フランクルは言います「生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ」と。

きっと人間の心は、何かの出来事をとおして私達に問うことで、理解されることを待っているのかもしれません。

だから、自分の心を知るには、自分の人生の出来事をとおして自分と向き合うことでしか、自分の心は学べないものだと思います。

前回のブログでご紹介した認知行動療法は、人生の出来事をとおして自分の心を学ぶひとつの方法だと私は思います。

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最後に名言をご紹介します。

「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きてるんだ!」

少しアレンジして

「心は本や講座で学ぶんじゃない。人生をとおして学ぶんだ!」

ここまで、長文をお読みいただきありがとうございました。

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