
カウンセリングSORAの関口です。
自分自身の人生を振り返ったとき、色々な方からの人生相談を振り返ると、人生をより良く生きて行くには、人としての生き方を学ぶことが大切だと実感しています。
人としての生き方を知ることで、これから進むべき道が見えてくるからです。
そこで、人としての生き方の学びになるような本を引用しながら1日1文のブログを書いています。
しばらくは「イソップ寓話」を引用しながら、生き方について考えていきます。
今日の言葉
イソップ寓話より引用
2)鷲と黒丸烏と羊飼
鷲が高い岩場から舞い降りて、仔羊をひっさらった。 これを見ていた黒丸烏君、なにくそ自分も真似をしてやれ、とばかり、羽根音高く急降下して、襲いかかったのは一人前の牡羊。 ところが、房々とした毛に爪が食いこみ、引き抜くこともできぬまま羽根をばたつかせているうち、とうとう羊飼が気づいて、走り寄るなりつかまえてしまった。 羊飼は烏の風切り羽根を切っておき、夕方になると、子供への土産に持ち帰った。 そして、これは一体何の鳥、とかれて、羊飼の答えるには、「わしの見るところ、間違いなく黒丸烏、しかしこいつは、鷲のつもりだ」このように、抽んでたものと張りあうと、何の得るところもないばかりか、ひどい目にあった上、笑いものになるのが落ちだ。【引用元 岩波文庫 イソップ寓話集 著 イソップ 翻訳 中務哲朗】
承認欲求に対する2つの道
すべての人間には、多かれ少なかれ劣等感があり、その反動として「自分は優れている」「他人によく見られたい」と願う気持ちがあるものです。
最近よく見かける「ドヤ顔」も、他人に認められたいという心情の表れと言えるでしょう。
他人から認めてもらいたいと思うとき、一般的に取られる方法は二つあります。
一つは、自己の能力を高め、その結果として自然に周囲から認められるという方法です。
この方法には時間と努力が必要ですが、得られる評価は本物であり、長続きします。
もう一つは、単に自己アピールを繰り返し、何とかして認めてもらおうとする方法です。
こちらは一見近道のように見えるかもしれませんが、持続性がなく、真の評価を得るのは難しいものです。
「黒丸烏(くろまるがらす)」は、劣等感からか後者の道を選び、結果として羊飼いに笑われてしまいました。
現代の人間社会においても、黒丸烏のような人は少なくないように思います。
『イソップ寓話集』の「鷲と黒丸烏と羊飼い」を読んで、そのようなことを感じました。
今日の問い
「あなたは、どちらの道を選びたいと思いますか?
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