カウンセリングSORAの関口です。
自分自身の人生を振り返ったとき、色々な方からの人生相談を振り返ると、人生をより良く生きて行くには、人としての生き方を学ぶことが大切だと実感しています。
人としての生き方を知ることで、これから進むべき道が見えてくるからです。
そこで、人としての生き方の学びになるような本を引用しながら1日1文のブログを書いています。
しばらくは「二宮金次郎 夜話」を引用しながら、生き方について考えていきます。
今日の言葉
二宮翁夜話より引用
110) 貧富の隔たりは心得一つ
翁のことばに、富と貧とは元来遠く隔たったものではない。ほんの少しの隔たりであって、その本源はただ一つの心得にあるのだ。貧者は昨日のために今日勤め、昨年のために今年勤める。それゆえ終身苦しんでもそのかいがない。富者は明日のために今日勤め、来年のために今年勤めるから、安楽自在で、することなすことみな成就する。それを世間の人は、今日飲む酒がないときは借りて飲む。今日食う米がなければ又借りて食う。これが貧窮に陥る原因なのだ。今日たきぎを採って明朝飯をたき、今夜なわをなって明日垣根をゆえば、安心でもあり、さしつかえもない。ところが貧者のしかたは、明日探るたきぎで今夕の飯をたこうとし、明晩なうなわで今日垣根をゆおうとするようなものだ。だから苦しんでも成功しない。そこで私はいつも言っているのだが、貧乏人が草を刈ろうとして鎌がない場合に、これを隣から借りて草を刈るのが常のことだが、それが貧窮から抜け出られぬ根本の原因なのだ。鎌がなければまず日傭取りをするがよい。その賃銭で鎌を買い求めて、それから草を刈るがよい。この道は開びゃく元始の大道に基くものだからして、鬼供卑劣の気持はない。神代のむかし、豊葦原に天降られた時の、神の御心なのだ。だからして、この心のある者は高貴を得るし、この心のない者は富貴が得られない。
【引用 二宮翁夜話(上) 福住正兄:原著 佐々井典比古:訳注】
「昨日のために働く」か「明日のために働く」か
二宮金次郎は、「自分自身の経済状況を改善するには、他人から借りるのではなく、まず自分で小さな収入を得て、その収入で必要な道具を購入すること」と説いています。
この教えは、「どんなに小さくても自己資本を築くことが重要だ」という意味です。
以前から過払い金の広告をよく見聞きします。
過払い金とは、過去の借入れの際に過剰に徴収された利息の返還金のことです。
過剰な利息が返還されることは一見魅力的ですが、実際には余分な利息を支払っていただけでなく、過払い金返金の為の弁護士や司法書士への手数料も発生します。
確かに、利息が戻ってくるのであれば手数料はやむを得ないかもしれません。
しかし、考えてみれば、最も損失を被っているのはお金を借りた本人なのです。
借金の理由は人それぞれですが、手元に必要な資金(資本)がないから借り入れに頼ります。
もちろん、住宅ローンなど必要な借り入れもあります。
しかし、何の準備もなく借金をすると、貧困に陥るリスクが高まります。
これを避けるためにも、自分自身の資本を築くことが重要です。
自己資本とは、お金だけでなく、スキルや経験、人間性も含まれます。
二宮金次郎は「貧者は昨日のために今日勤め、昨年のために今年勤める。富者は明日のために今日勤め、来年のために今年勤める」と説いています。
これは、借金返済に追われるのではなく、未来のために資本を築くことの大切さを説いているのだと思います。
今日から自己資本を築くために何ができるかを考え、それを実行することで、より充実した生活を手にすることができるでしょう。
二宮金次郎の夜話110段「貧富の隔たりは心得一つ」を読んで、そんなことを感じました。
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